馬と人間との歴史は古く、今から5000年前、馬は人間の食料として狩猟の対象から始まり、その後家畜化されて、さらに馬の能力を知った人間は輸送・移動の手段に利用するようになりました。

それから長い年月、時には戦さの戦力としても使用されながら人間と深く関わってきました。産業革命後は自動車や農業・土木機械の発達により活躍する場が少なくなってきました。確かに馬と言うと競馬レースの連想が強くなりました。

しかし最近では、馬の特性を活かして障害者の機能回復や情緒教育などのホースセラピーが注目されています。

「平塚でホースセラピーの場所を作りたい」という機運もあり、今回は神戸市の牧場でホースセラピーを既に実践している一般社団法人「里馬」の牧場長 三嶋 鋳二(みしま しゅうじ)さんにお話を伺いました。

ドッグセラピーというのは聴いたことがありますが、ホースセラピーはまだなじみがありません。でもそこには犬や猫と違う馬の特性があることなど、興味深いお話を聴くことができました。ご覧ください。

              子どもたちと一緒の三嶋さん

 

1.三嶋さんのプロフィール

1964年 京都府出身。大学卒業後、京都の出版社に勤務。

1994年~編集製作、広告代理店業務を行う(株)こども社を起業。

自転車の世界選手権などをプロデユース、イベント運営オペレーション、スポーツマネジメント

業務を行う。

2011年 東日本大震災を機に東京での事業を閉じて、京都に戻り「CLUB BIKETRIAL」を起業し、災害に使える自転車を考案して設計、製造、販売を行う。

2012年 原発事故の問題を考えるイベントで、馬と関わっている方と知りあい、牧場で暮らしながら「馬と暮らし方セラピー」を始める。

2015年 法人化して「一般社団法人 里馬」として現在に至る。

「里馬」のホームページ   https://satouma.com/

 

2. 東日本大震災からの転機と馬との出会い

三嶋さん:災害が起きて、東京にいても「食べ物がない、水はままならない」など生活に様々な変化が生じました。「どうしようか?」となるわけですが、今までの当たり前の生活を見直すきっかけになりました。

災害に直接あってはいませんが、元の生活には戻れない「今までの生活ではない生活」「自分たちがどうしたら豊に暮らせるか?」「次世代の子どもたちにどんな暮らし、居場所を残せるか?」ということを考えました。

そこで、まずは自分たちでその生活をしてみようと思ったのです。一からやってみよう、と東京での事業を全部閉じて京都に戻りました。今まで関わっていた自転車を新しい生活の道具として、今までの商業ベースのものではなく災害時に使える自転車を考案して設計、製造、販売を行いました。

そこから自転車をつかった「遊び」に入っていって、「遊ぶための場所作り」、「集まった人たちが楽しくなるような場づくり」を行っていきました。

そのような中、福井で開催された原発事故のイベントに参加した時に、馬車が来ていたので乗ってみたのです。パカパカとのんびり揺られるのがとても気持ちよく「馬はいいなあ…」と思ったのです。京都の亀岡で自転車を使って場づくりや暮らし方の提案のイベントを主催していた関係で、牧場関係者とも知り合いになり「馬」に関わるようになっていきました。馬車に乗らなかったら、今の状態にはなっていなかったでしょうね。不思議なタイミングでした。

 

3. 「里馬」発足のきっかけ

三嶋さん:「他力サムガ」という全国でホースセラピーをしているグループの牧場の創始者の寄田 勝彦(よりたかつひこ)さんとイベントで知り合いになりました。そこでは、学校の夏休みや冬休みにキャンプという形で子どもたちが馬と一緒に暮らすキャンプを行っていたのです。朝起きて馬に食事を与え、小屋を掃除し、運動に連れて行く、夕方に食事を与える、ということをするわけです。私は最初自転車での遊びを教えていたのですが、子どもたちが実に生き生きしている感じを受けました。朝から夜まで「馬の命を守って暮らす」様子をみて、自分が求めていたイメージに似ていたのです。それで「自分もやってみよう!」と思ったのです。

   「他力サムガ」のホームページ    https://www.tariki-sanga.org/

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4. さとうまにとっての「生きること」と「学習」

三嶋さん:私たちが行なっているセラピーのことを、「馬の暮らし型セラピー(Equine Centered Form of Life)」と呼んでいます。性別や年齢の区別はなく、特定の疾病や症状を設定していません。「生きることに困難に感じる人」「生きるために必要な根本的な力を獲得したい人」全てに提供しているのが特徴です。一言では説明は難しいのですが、「学習」という概念を通して話してみたいと思います。

「生きること」とは、自己の周りにある現実を自己の世界に統合していくことであり、それを生き生きと感じることだと捉えています。その過程で発生する、統合していく過程を「里馬」では「学習」と呼んでいます。「学習」とは生きることであり、自己の世界を統合し、他者との生活様式(Form of Life)を作ることなのです。構造的には、生活様式(Form of Life)が言葉に意味を与えていると考えています。「学習」の発生の土台に、生活様式(Form of Life)がある訳です。馬との暮らしによって必要な「学習」を提供していくのが私たちのセラピーです。

 

逆に、困難は時には病になりますが、この「学習」を阻害することで発生すると考えています。

「学習」は自己と他者の双方向で行われていて、一方的に苦痛を生む関係は「学習」を阻害します。これがハラスメント(暴力)です。このことが人に困難を与える原因であり、子どもたちなら傷になったりトラウマになったりして、様々な病の原因にもなります。

「学習」は生き生きとした喜びを伴うものです。安全な場所で安心できる環境で育つと考えています。学びを開始するのは子ども自身であり、ハラスメントによって可能性のある子どもたちの柔軟な感性や自信が損なわれないよう、私たちは馬との暮らしを通じて環境を提供していきます。「環境」「私」「学習」が循環し、人は成長していきます。馬との暮らしの中に「学習」に必要な要素が全て揃っています。この環境全体が、馬の暮らし型セラピーなのです。

 

5. 馬の特性とセラピ ーとの関係

① 馬は固有名にとらわれないコミュニケーションをする 

三嶋さん:馬には個体認識がなく固有名はありません。これがセラピーにはとても大きなポイントです。人間は固有名(例えば三嶋さん)があって、その固有名に感覚が紐づけられて統合されてコミュニケーションするんですね。だから人は私だという認識があります。馬は固有名が無いので私というのがありません。いつも世話をしてくれる三嶋のことも覚えていません。差別が無いんです。ですからその場で正しい行為で伝えてあげれば初めての子どもでも三嶋と同様に従います。

 

こぼれ話その1

犬は名前を呼ぶと飼い主のところに来ますが、仮に馬に名前をつけて呼んでも来ません。

馬が自分の名まえが〇〇だという認識は持たないからです。競馬でも同じ馬にいろいろな

騎手が乗ってレースができるのも固体認識をしないからです。

 

② 馬は嫌なことをされたという行為は覚えているが、誰がやったかの認識は持たない

三嶋さん:例えば、子どもが馬を叩いたとしますよね。叩かれたら馬だって嫌ですよ。犬などは叩かれたら、次にその子が近づいてきたらビビります。でも馬は叩かれた行為はおぼえていますが、その子なのかは覚えていません(馬は個体認識がないため)。ですからその子が「この前は叩いてごめんね」と改めて正しい行為を馬にしてあげれば馬は従います。馬は差別しないのでやり直しがきくんです。

 

③ 大きくて強い馬でも、正しくコミュニケーションできれば小さい子どもにも従う

三嶋さん:子どもからみれば強くて大きくて畏怖を感じる馬が、自分のやることを聴いてくれるということは、子どもが安心を得るためにとても重要な要素です。

例えば、DVを受けて人とコミュニケーションできない子どもが大きな馬を引くことが出来ると、すごく安心感を得ます。大きなものに小さなものが支配されてしまうのではなく、大きくて強い馬でも正しくコミュニケーションができれば、小さな子どもにも従うというのは大きな要素です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

④ 馬に乗るということで、安心できる場所を感じる

三嶋さん:馬の歩様は人間の自然な歩様に一番近いことが科学的に証明されています。

例えば足に障害がある方がリハビリで馬に乗ると、身体のバランスが良くなって快復が早まる効果があります。「昔から足を怪我したら馬に乗れ」と言われたくらいです。これは理学療法的なセラピーですね。

 

もう一つは「揺られる」ということです。例えば、自分が倒れた時に誰かが抱き抱えてくれたら安心を感じるはずです。身体を預けるということは、その人の安心な場所に大きく関わってくるのです。馬の背中に乗ると、馬に乗っている人の状態に反応して動きます。乗っている人も自然にバランスを取るように動きます。これは人が誰かに抱っこされているような安心感を産みます。揺られることで安心できる場所を体感します。これはセラピー的には大きな要素です。馬とコミュンケーションをとりながら「安心の空間」をつくっているわけです。「人間に必要な安心の空間」を感じ、体験し直すと、それまでの苦痛から解放されて気持ちが楽になり心の状態が良くなり、その後のセラピティックなことが出来ていく効果があります。

 

こぼれ話その2

馬が草原を群れで移動したりする姿を映像などでもみますが、実はリーダーがいるそうです。でも個体認証せず固有名を持たないのに、どうしてリーダーとして認識するのか不思議です。またそのリーダーはメスが多いそうです。メスは良好な餌場をみつけるのが得意らしいかららしいです。また、その時に応じてリーダーが変わって動く生き物らしいです。

                                                                                                                                           

6. 今までで苦労したこと、嬉しかったこと

馬にとって「便秘」は大敵

三嶋さん:食事すると結構早く排泄しますが、便がでない症状(疝痛;せんつう)になると痛くてのたうちまわります。横倒しに倒れこむんです。馬は立って生活する動物なので長い時間横になっていると体重で内臓が圧迫され、腸が捻じれたり、大変なことになって死んでしまうことがあります。排泄を促すために浣腸したり、点滴したり手を尽くします。馬の便は丸くて出てきたときにはホットして嬉しい瞬間ですね。馬は身体も大きく力も強いですが、繊細なんです。

 

こぼれ話その3

2015年に平塚市の市議会議員選挙の応援を馬で行う時、埼玉の牧場の馬を連れて行って総合公園で休ませて準備して出ようとしたら、馬が急に寝転がってしまったんです。疝痛(便秘)になって苦しんでしまったのです。出番の時間は迫っているし焦りまして、運動すると出やすいので公園から駅前まで歩いて、さらに駅の近くの公園の中を歩き回ったらようやく出まして、水も飲めるようになってホッとしたことがありました。

 

7 今後の夢 人間にとっても、馬にとっても良い環境を創りたい

三嶋さん:馬を引いて歩いていると「こんなところに馬を連れてひどいじゃないか」と言われます。私は「馬にとっても生きやすく、人間にとっても生きやすい場所、馬と人が一緒に暮らせる場所をつくりたい、と思ってPRしているのです」と答えます。その想いは私が初めて馬車に乗って心地よかった時の気持ちと変わっていません。馬がいてくれるだけで人もいても良いという環境をつくりたいのです。

 

生き物はすべて、自分一人の力で生きられるわけではなく、また自分(私)はこの世に2人といません。自然という相手がいろいろな恵みを提供してくれるからこそ生きていけるので、その自然をないがしろにして大切にしなかったら、自然は荒廃し、しいては自分も滅びてしまう。相手があって自分も生きていけることを、馬を世話することから学習するのが「里馬」の理念なのです。

 

馬に食事をいつやればいいのか?便はどう出るのか?住む所の広さは適切か?など馬が生き生きと生活できるにはどうすればよいのかを考えると、自分が生き生きと暮らすことを考えること、体感することに繋がりセラピティックなことが出来るようになっていきます。

 

何かの命を守ろうと考えると、自分の機能の循環が整っていくのです。これがとても重要です。

自然は静かで大きく時には怖い存在で、そう簡単に人間の身体に染みこんではこないのですが、馬は人間とコミュニケーションができるので、人間に最も近い手頃な自然とも言えます。馬という小さな自然を生かすことは、人間と自然との循環が出来るような感覚を感じることができます。

 

8. 平塚でもホースセラピー

三嶋さん:関心のある方は、「平塚にホースセラピー牧場をつくる会-馬っこ」の活動に参加したり、いろんな牧場で馬との関わりを増やしたりしていただければと思います。また、「里馬」では、さまざまな困難に対して、ご相談にもお答えしています。

Facebook ☞ 平塚にホースセラピー牧場をつくる会-馬っこ

 

ライターの独り言

三嶋さんの取材の後で、馬がどういうものか感じたくて平塚市内の乗馬クラブで体験しました。

お相手は過去にレースに出ていたサラブレッドで17歳。インストラクター曰く「うちで一番おとなしい馬です。」と紹介されました。でも近づいてくると迫力があって怖かったですね。デカイです。乗ったら予想以上に高い。

       ライターの乗馬体験。つきあってくれた馬に感謝です。

 

短い時間でしたが、ゆっくりゆったりと馬に揺られている時間は、緊張しながらも三嶋さんからのお話を思いだしながら「馬に揺られる」という感覚の楽しさを感じました。馬とのコミュニケーションは取れませんでしたけど…。

馬場に糞がありました。ピンポン球くらいの大きさが20~30個まとまっているのが、馬の背中からでしたが見えました。「おー、あれがそうか!」とわかりました。降りた後で写真を撮りにいこうと思ったら「危ないから入らないで」と注意されたため、残念ですが撮れませんでした。(笑)

とても中身の濃い取材となりました。お話の一つ一つが心に染みました。三嶋さん、ありがとうございました。

益々のご活躍を祈念しております。

 

令和3(2021)年10月24日

文責 清水浩三

 

 

 

 

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