平塚市の北西部。秦野市との市境に東海大学湘南キャンパスがあります。

みなさんは「東海大学」と言われて何をイメージしますか? やはりスポーツでしょうか。

オリンピックでも沢山のメダリストを輩出しているのは有名です。

ひらつか市民活動センターに登録されている団体の中に「東海大学地域スポーツクラブ」という団体があります。

一般の市民団体は、想いは同じでも年齢、経歴など様々なメンバーが集まって誕生し活動していますが、このクラブのメンバーは全員学生のようです。少し異なりも感じますし、学生でどのように運営しているのか?クラブの誕生や活動に興味が湧きます。

そこで、今回は「東海大学地域スポーツクラブ」について活動のきっかけや内容について取材させていただきました。お話を伺ったのは、東海大学体育学部  萩 裕美子 教授です。

東海大学体育学部 教授 萩 裕美子 さんです。

活動を始めるきっかけ

「東海大学体育学部には、スポーツレジャーマネジメント学科があります。もっと気軽にスポーツを楽しめるにはどうしたら良いのか?スポーツイベントをコーディネートするにはどうしたら良いのか?などを学んでいる学科です。その学生たちが学校開放事業を利用して地域でカジュアルにスポーツを楽しんでもらおうと提言したのがそもそもの起こりです。」

 

提言はどのようなものなのでしょうか? 

教授のお話からイメージストーリーを描いてみました。

 

イメージストーリー(S藤さんの久しぶりの土曜日)

いつも仕事が忙しいS藤さん、ある土曜日にしばらくぶりに家でのんびり休日を過ごす時間を持てました。

「久しぶりの休みだな。せっかくだから軽く体をうごかしてみたいな。運動不足ぎみだしな。」

S藤さんは学生時代にバドミントンをしていたのをおもいだしました。

「バドミントンやりたいな。どこかできる場所はないかな? 調べてみるか?」

S藤さんはネットで検索して近くの小学校の体育館で学校開放していることを知りました。

「家から近いけど、道具もないし一人でもいいのかな?とりあえず行ってみるか。」

S藤さんは、小学校の体育館に着くと受付にいた学生さんに

「道具も持ってないし、一人ですが大丈夫ですか?」 受付の学生は

「大丈夫ですよ。道具はこちらにもありますし、私たちがお相手しますので安心して楽しんでください。」

S藤さんは、ホットして昔を思い出しながら気持ちよさそうにシャトルを打ち込みました。

 

「アスリートを目指したい人は本格的なクラブに所属して活動すれば良いのです。しかし我々が学校開放事業でねらうターゲットは、ふらっと思いついて ”ちょっと体を動かしてみようかな。” という人たちが、服装など準備も気にせず気軽に来て運動して楽しめる空間を提供できたらいいな。という想いです。」

 

★学校開放事業とは?

「学校体育施設開放事業」の略。昭和51年に文部科学省が国民の生活水準の向上や自由時間の増大にともない、スポーツ活動に対する欲求が急激に高まった。その需要に対応するためには新たなスポーツ施設の整備では不十分でそこで、学校教育に支障のない限り学校の体育施設を効率的に利用することを考え、「学校体育施設開放事業」の推進を打ち出した。

 

「学生の提言に、平塚市のスポーツ課が賛同して2012年に協働事業としてスタートしました。

しかし、現実の学校開放事業は正式なクラブに所属していないと、利用できない制度になっているのと、地域のスポーツクラブの予約で満杯状態でとてもカジュアルに利用できる学校はありませんでした。

ですが、金目地区のみずほ小学校と金目中学校が利用できることになりました。現状の施設運用制度では個人利用はできないので、個人利用者のコーディネートをするためには、クラブとして設立して団体登録しなければならなくなり、2012年に「東海大学地域スポーツクラブ」という登録団体が誕生しました。

施設利用制度のための名目で設立したクラブであり、一般市民団体の誕生とは異なるところです。しかしながら地域市民のための活動であることには変わりありません。

一年目はみずほ小学校と金目中学校の2校。二年目には中原中学校も加わり3校になりました。月に、3回行い参加者も100名を超える実績がありました。」

 

 

しかし、活動していく中で問題も顕在化してきたようです。整理すると

●問題点 

  1. 学校の施設に空きがない

どこの学校も団体の予約でいっぱいの状態で空きがない状態でした。その中でみずほ小学校、金目中学校が賛同してくれて、時間を空けて利用可能にしてくれて当初はこの3校でスタートしました。

  1. コーディネートする学生の確保が困難

「東海大学地域スポーツクラブ」のメンバーは学生です。学生みずからもスポーツクラブに所属している関係で活動する時間が取れません。学生はいずれ卒業していきます。新しいメンバーの確保にとても苦労しています。

  1. アクセスが困難

東海大学は金目の秦野寄りに位置していて、平塚市の広域には移動が困難(車もなし。公共交通機運行本数も少ない)。

  1. 資金面の細さ

活動にあたっては交通費、飲食代など諸経費がかかります。学生のボランティアには限界があります。平塚市との協働事業、大学の事業経費などで活動を維持しているのがぎりぎりの状態です。

 

「需要は見込めるし要望もあるのだが、やはり、交通手段がないので東海大学の近くの学校を利用せざるを得ない状況です。幸いにも、みずほ小学校が好意的で毎月の第二、第三土曜日の開放に応じてくれたので大学からも近いみずほ小学校を拠点に活動しています。」

3年の平塚市との協働事業も最終年を迎えた2016年に転機が訪れました。

 

 

●パラスポーツの理解を深める活動の要請

神奈川県から、「東海大学をパラスポーツの拠点に使わせてもらえないか?」という要請がありました。

★スポーツ基本法の中の「障害者スポーツ」への理念

2011年に従来のスポーツ振興法を改正して作られた。スポーツ基本法では基本理念を「障害者も積極的にスポーツを行えるよう、障害の種類、程度に応じて必要な配慮をしつつ推進されなければならない」

 

「東海大学の施設も大学のクラブの使用で空きがない状態でした。しかし、県が学校開放事業でみずほ小学校を利用していることを知り、「学校開放事業の中にパラスポーツも組み込んで実施できないか?」という再度の要望がありました。既に学校開放事業の経験もあったことから、可能であろうと考えパラスポーツの体験等のプログラムも引き受けることにしました。内容は、スポーツの種類が違うだけで今までの内容とかわりません。

2017年から月二回のうち一回はパラスポーツの体験をしてもらい、理解を深めてもらうプログラムとし、もう一回は従来通りの気軽に利用できる事業を行うこととしました。

従って、現在は東海大学、平塚市、神奈川県の3協働事業で運営しています。」

 

●活動を通して、学生を育てる

「現場では思い通りにいかないことを、経験する。」

「地域の人が、気軽にスポーツを楽しめて、スポーツするきっかけになればという想いで活動していますがもう一つの大きな効果として、学生が経験を通じて学べることがとても大きいことだと思います。

学校開放事業に参加くださる方は、年齢、性別もさまざまで、スポーツ経験も初めてという人もおります。また、多少上手な方もいます。初めてでなかなか溶け込めない人もいます。

現場の状況を把握してコーディネートしていくことを学んでいってほしいと思います。現場では予想していなかった事態に遭遇します。その時に自ら考え判断して解決していく力を身に着けてほしいのです。それが卒業して社会に出たときに役立つ経験値だと思います。」

 

 

萩 教授、大変ありがとうございました。最後にこれからの活動について聴かせてください。

●これからの活動の課題と抱負

・学校開放事業の現場の実態を調査して

「 利用予約をしても、実際に利用されているか又は30人で予約しても2.3人しか集まっていないという話を聞きます。平塚市には実態を調査してほしいと伝えています。。大学では引き続き提言していきたいと思います。」

・みずほ小学校をモデルにした開放事業の拡大

「 現在のみずほ小学校での私たちのような活動が、拡大して拠点が増えてほしいと思います。そうするためにはその地域でコーディネートしてくれる人達が増えてほしいと思います。」

・ゆるく・じわ~と がキーワード。

「継続は力」です。花火のようにパッと上がってすぐ消えるより長く燃え続けるような活動でありたいと思っています。コーディネートする側も力まずに【ゆるーく、じわ~と】地域に浸透していくように続けたいと思っています。」

 

取材中に教授から幾度となく「気楽に」とか「気軽に」とか「ゆるく」という言葉が聞かれました。

「スポーツはしたいけれど、もう一歩踏み出せずにスポーツの門の入り口に沢山いる人たちが楽な気持ちで入ってこられる環境をマネジメントしたい。」その気持ちが強く伝わりました。

平塚市のスポーツ熱は高いです。何気なくやってみたスポーツが楽しく、面白くて一生懸命にやるうちに「もっと上手くなりたい」「強くなりたい」と思い、それがやがてアスリートに育ち、オリンピアンになって平塚出身のスターが誕生すればまた入口から沢山の人が入ってくる好循環が生まれるはずです。痛快ですね。

 

ライターの独り言

お土産にいただいた資料の中に、ある方の講演内容があり「スポーツは人類共通の文化であり、言語である」という言葉が載っていました。なるほど。おもわず唸ってしまいました。

取材:清水浩三