横浜市港北区の菊名地区で、地域住民が協力して2011年から運行されてきた「菊名おでかけバス」というものがあります。今後の他地域での外出支援事業の立ち上げの参考になると考えて、その実現までの道のりを伺うとともに実際の運営状況を見学させていただきました。

日 時:2020年3月3日(火)10:00~12:30

場 所:菊名駅からその周辺と妙蓮寺駅を回る周回コース

先方対応者:かながわ福祉移動サービスネットワーク・清水様(添乗)

ボランティア・知久様(ドライバー)

かながわ福祉移動サービスネットワーク・石山事務局長(インタビュー)

参加者:湘南NPOサポートセンター・長谷川、鳥巣

 

■「菊名おでかけバス」について

菊名おでかけバスのはじまり

横浜市港北区の菊名地区には50年前に開発された古い住宅地が駅の裏にありますが、ここは駅からは割と近いものの丘陵地であり、全域で坂道が多く道路も狭いという環境にあります。開発当初は住民の年齢層が若かったためにあまり問題になりませんでしたが、開発から50年が経ち、住民の年齢層が上がるにつれて日々の買い物や通院などが困難な”買い物難民”の問題が顕在化してきました。そこで、地域の錦ケ丘町内会と「港北南部コミュニティバス実現をめざす市民の会」が連携して

「コミュニティがコミュニティバスをつくる。

コミュニティバスがコミュニティをつくる。」

を合言葉に、環境や車に依存しすぎない社会を実現するため、2004年から自前のワゴン車を使って、住民ボランティアが試行実験を開始したのがはじまりです。

 

コミュニティバスから住民による運営・運行に舵を切る

施行実験を重ねる中で、2006年には横浜市営バスから35人乗りのバスを借り上げ、運行を委託したコミュニティバスの試運転にこぎつけました。ここでは3日間で720人の利用者があり、まずまずの手応えがありました。2008年には、4回目の試運転で運行ルートを2つに増やし、3日間で1,348人の利用がありました。試運転についての費用は、「コミバス市民の会」の会費、カンパ金、広告協賛金が充てられ、無料バスとしての運行でした。しかし実証実験の結果、

 

・市民運営のバスでは採算が取れない

・道の狭い住宅地の中にはバスが入っていくことができない

・菊名商店街の衰退によって一番のニーズが買い物であること

 

ということが明らかになり、横浜市交通サポート事業からも協力を得られなかったことから「住民による運営・運行」へと、方針を転換することが決まりました。つまりこれは、市民主体の地域交通づくりであり、買い物などの日常の足として実現しよう、という方向に舵を切ったのです。

 

おでかけバスの試行から定期運行の開始へ

2010年には港北区内の生協から無償で車両提供を受け、1ヶ月間にわたって試運転を行いました。菊名駅をスタートして、スーパー・病院・区役所・図書館を回る、9キロのコースで週2日、1日2便の運行を行いました。そして、2011年1月からは、利用者の要望を参考に、週1回火曜日に5便の定期運行を開始し、2年後には6便、2018年10月からは7便の運行を行っています。

運行開始当初はボランティアの個人所有車のセダンを使っていましたが、乗客が2名以上になると定員をオーバーしてしまうため、同乗している介助者が一旦車を降りて、利用者が降りるバス停まで走って向かい、そこで乗り降りを手伝ったり荷物を運び出してから再び乗車する、というような苦労もあったといいます。

現在では、地域の企業から使っていない8人乗りの車両の提供を受けて運行を行っています。2011年の運行当初は、年間にのべ388人だった利用者も、8人乗りの車両の提供などもあって、2018年度には1,362人を数えるまでに拡大しています。

 

運営について

菊名おでかけバスは、「港北南部コミュニティバス実現を目指す市民の会(コミバス市民の会)」の事業の一つとして運営されています。まさに地域のコミュニティバスともいえる役割を担っていますが、行政やバス事業者が関わっているわけではなく運転も運行管理も同乗する介助者(利用者の乗り降りを介助する)も、すべて住民のボランティアであるコミバス市民の会が担っています。

自動車保険は車両提供者のものを使うことを前もって確認し、活動保険は「横浜市民活動保険」に加盟しています。安全管理面では、ドライバーに行政の安全運転講習会を受けてもらうほか、自動車学校教官による追加の研修を行っています。また、ボランティアのドライバーが運転だけに集中できるように運行マニュアルを作成した上で、運行スケジュールの管理や利用者の対応は、同乗する添乗員が行うこととしています。添乗員も、町内会の役員や地域の民生委員に積極的に参加していただいています。また、万一の事故等の対応として、2017年には車両にドライブレコーダーが設置されました。

また、利用者には基本的にコミバス市民の会に入会していただき、運営にかかる費用はその年会費(1,000円/年)や寄付などの協賛金、社会福祉協議会からの助成金で賄われていて、2018年の実績で年間541,832円が予算として計上されましたが、最終決算ではガソリン代や運転者・添乗者への謝礼(運転者は半日で700円、添乗者や管理者は半日300円)などで606,477円と6万5千円弱の赤字となっています。また、何もしないでいると世代交代によって会員が減少してしまうため、利用者の口コミなどで新しく会員を勧誘する活動にも、今後は力を入れていきたいとのことでした。

 

■集合場所・時間

東急東横線菊名駅西口近くの指定場所に9:45集合してスタートします。集合場所の道路は、東急菊名駅西側の駅前を通る細い道ですが、菊名地区を通る幹線道路であり交通量もかなり多い道です。運行は、朝9:00から1時間おきに15:00まで、計7便が運行されています。

菊名駅西口の集合場所

 

 

■出発前準備

視察の当日は、新型コロナウイルスの感染拡大が懸念される時期でもあり、車内外の手を触れるような場所を中心に、アルコールで念入りに消毒を実施し、添乗員・ドライバーはもちろん、利用者にもマスクの着用をお願いしていました。車内には、担当のドライバーと添乗員の名前を掲示して安心感を醸成するとともに、車内での会話のきっかけになるように配慮されています。助手席の背もたれには募金箱が設置されていますが、これは当日の利用料を寄付してもらう目的ではなく「コミバス市民の会」の活動への応援資金としての寄付を募っているとのことでした。

車内をアルコールで消毒する様子

募金箱

初めての利用者は試乗も可能です

■実際の運行の様子

集合場所を出発すると、JR横浜線のガードをくぐり、急で細い錦ケ丘の住宅地の坂道を登っていきます。道幅は普通車がやっとすれ違える程の幅しかなく、歩行者や自転車の通行も多いため、バスは最徐行で進んでいきます。駅前の集合場所では誰もいなかった利用者ですが、途中のバス停からは三々五々と乗客が増えていきます。錦ケ丘の住宅地から山を越えて篠原町に入ると道はさらに狭くなりますが、ここでも所々で利用者が乗り込んできます。乗客が乗り降りする際には、添乗員がドアの前に踏み台を出して乗り降りを介助するなどの支援を行います。道幅が狭い場所での乗り降りの際には、後続車が追い抜いたりすることができないために迅速な対応が必要になりますが、まずは乗客の安全・安心を最優先にして周辺の方々にもご理解いただいていました。

15分ほどで東急東横線の妙蓮寺駅近くのスーパー「OKストア」に着いた時には、3人の利用者が買い物に向かって行きました。入れ替わりに1便に乗って先に買い物を済ませた乗客が、荷物を持って乗り込んできます。

車内にはこの先の病院に向かう方もいて、常に会話が途切れません。ここは単なる移動手段としてだけではなく、サロン的な交流の場としても役立っているようです。

乗り降りの介助

 

 

32ヶ所あるバス停

OKストアで降りるところ

OKストアを後にしたバスは、再び篠原町と錦ケ丘の住宅地の中を通って菊名駅方面に向かいますが、菊名駅の西側は南行きの一方通行の道しかないため、住宅地の急坂を下ると東横線の踏切とJR横浜線のガードをくぐって駅の東口側に向かいます。こちらも非常に狭い道な上に大型の路線バスも乗り入れており、さらにタクシー乗り場もあるため、いかにも混沌とした駅前です。おでかけバスは、この先の交差点で綱島街道を横切って旧綱島街道に入り、スーパー&ホームセンター「オリンピック」の前を過ぎ、港北区社会福祉協議会、港北公会堂、区役所を通って再び菊名駅方面に折り返します。その先の図書館の前を右折して東横線のガードをくぐり、さらにもう一つのスーパー「サミット」の前を通って出発地点の菊名駅西側へと向かいます。そこから3分ほどで終点の菊名駅の到着です。ここまでおよそ40分強の道のりで周回しています。そして正時になると次の周回に出発します。

菊名駅西口前の道路

多くの利用客は、菊名の山の上から妙蓮寺駅のスーパーに買い物に行くことが目的であるようで、定期的にバスが巡回していることで、2便に乗って買い物に行き、3便か4便で帰ってくる、というような使い方に慣れているようでした。

 

■最後に

バスを下車した後で、菊名駅近くにオフィスのあるNPO法人「かながわ福祉移動サービスネットワーク」の石山事務局長に、菊名の事例にとどまらず神奈川県内から静岡県内での取り組みについて、参考になるお話をお伺いすることができました。

その中では、今後は高齢者に限らず、乳児を持つ若いママたちの使いやすい仕組みを考えたり、バスの運行が終了した後の「深夜便」といった需要についても興味深いお話を伺うことができました。地域や環境によっては、一般交通事業者との住み分けの問題や道路運送法上の課題もありますが、広い視野で様々な可能性を模索していくためには、他の地域の実例を参考にしていくことの重要性を痛感しました。

 

(文責:鳥巣)