昨晩、本当に久しぶりにMくんと会った。

彼は昨年の4月から大学院生となり、熱心に勉強に励んでいた。

彼とは数年前、彼が所属する学生ボランティア団体を通じて知り合い、地域の課題解決の取り組み「寺子屋」への活動協力、そして、当会が発行していた情報誌のリーダーとしても活動してもらっていた。物の見方や本質のつかみどころが正確で、私たちは頼りにしていた。

まちづくりに関心を持ち、それが高じて海外へ研修に行くほど熱心な学生だ。

しかし、本業(学生)をおろそかにしてはいけないと、しばらくは学業に専念するように伝え、音信不通の状態が続いていたのだったが、先週、急に連絡が入り「研究に専念するためこの度某国立大学の大学院への入学が決まった」という。

あまりの嬉しい知らせに、そうであればお祝いをしなくては!と彼を呼び出し、決しておしゃれではない居酒屋で彼の前途を祝して乾杯した。

3年前、当会では駅前で市民との交流の場である「サロン」を開いていた。そこでは市民団体の相談事やふらっと立ち寄る市民の四方山話を聞きあうような、寄り合い所のようなサロンだった。そのような中、近隣の町から定期的に通ってくるご夫婦がいた。ご主人は心を病んでいた。誰かに自分のことをわかってほしい、話し相手がほしい。そんな様子でよくご自分が書かれた資料や写真なども持ってきた。

奥さまはそんなご主人に寄り添うように付き添っていたが、ご本人の悩みは他にもあったことがしばらくしてわかった。それは息子さんのことだった。二人兄弟の下の息子さんは、中学生になるころより不登校になり、自己肯定感が低く、急激な引きこもり状態に陥っていた。勉強への遅れや友だちがいないことなどが心配で何とかならないか?他に頼れるところもなく途方に暮れていたようだった。

そんな時、Mくんに相談をして、できるときで構わないので、その少年の話し相手になってくれないか、とお願いしたところ、快く引き受けてくれたのだった。月に1度程度電話をしたり、近場に連れ出して何をするでもなく一緒にお茶を飲んだり、話したりして少年との関係を作り出してくれていた。

その後、訳あってサロン活動を休止することになり、自然とそのご夫婦とも疎遠となってしまった。連絡ツールもない中では再び会うことはなく、いつしか思い出すこともなくなっていたのだった。

 

それが、Mくんに会った昨夜、その息子さんとはいまだに定期的に会って、勉強を教えたり電話をしたりしている、という。殆ど毎週土日のどちらかで、実は自分が勉強で忙しかったので、別の学生が今はかかわってくれているんです、とのことだった。

驚きだった。まったく予想だにしていなかったことだった。私たちはサロン活動を休止したために、そのような場を持つことが出来ずにいたので、継続した交流活動ができなかったが、彼らは変わらずに少年とのかかわりを続けてくれていたのだ。少年の母親とも交流を続けてくれていたとも。。。

あまりの嬉しさと感謝の気持ちでいっぱいになった私は、彼に心からお礼を述べた。本当にありがとう!きっとあのご家族は本当にあなたたち二人を頼りにしているはず。ああ、何ということだろう。知らなかった。

Mくんは猛勉強をしながら、彼のために時間を割いて心の拠り所になってくれていたのだ。友だちの学生も学習支援とはいえ、毎週ボランティアでかかわることはどんなにか大変なことだろうと思う。頭の下がる思いでいっぱいになった。

支援する、ということの意味を改めて考えてみた。様々な「支援の方法」があるが、基本は「寄り添う」ことなんだと思う。彼らの行動は、特に何かを企てることでもなく、一緒にいる時間を共有することだ。それはとても簡単だけれどとても難しい。彼らが少年のために心を配り行動を起こしてくれた、そのことこそが尊いと思った。

 

しばらくぶりにあったMくんは、幾分痩せて大人っぽくなっていた。これから自分がやりたい研究の道を走り続けるという。もしかしたら、研究の果てにまちづくりにつながる仕事に出会えるかもしれない、と嬉しそうだった。

そうだね、でもまずは一歩一歩、自分に与えられた課題に取り組むことが大切だよ。いつでも待ってるから、暇ができたら遊びにおいでよ…。

私たち二人は、決しておしゃれではない居酒屋でビールを飲み、カウンタ−越しから、これ冷凍なんですよ、と言われて出されたお刺身とお寿司をつまんだ。

何だかとても優しい時間だった。  平成28年4月1日